「お前、こんな時間まで帰ってこないで…なにやってんだ」

「あの、ご、ごめんなさい」



お兄ちゃん、なんでいるの。

シフトを見間違えた?

急に予定が変わった?


いずれにせよ、動揺で頭が真っ白になった。

兄のこんな形相を、見たことがない。



「誰だ、あれは」

「誰って」



携帯を手に持った兄が詰め寄ってくる。

私に電話をするところだったんだろう。



「あの!」



健吾くんの声が、会話を遮った。

車から飛び出してきて、私をかばうように、兄との間に入る。



「申し訳ありません、遅くまで引き留めて」

「あんた…」



兄の目が、健吾くんの全身をさっと舐めた。

運の悪いことに、後で私を送っていくからと彼は着替えておらず、ワイシャツとネクタイ姿のままで、どう見ても会社員だ。

さっきのキスを目にしていたであろう兄は、予想通り、みるみる青ざめ、健吾くんを凝視した。



「あんた…いくつだよ」



健吾くんが一瞬ためらい、「24です」と答える。

自分より上、というのは、兄にとって相当衝撃だったに違いない。



「24って…」

「あの、僕は」

「いい歳して、高校生相手になにやってんだよ」

「すみません、でも」



私のかすかな悲鳴は、健吾くんが兄に掴みかかられて、車のボンネットに叩きつけられる音に消えた。

ふたりの足元で、路面に溜まった雨水が跳ねる。



「お兄ちゃん!」

「でもじゃねーよ、人の妹、なんだと思ってんだ」

「お兄ちゃん、やめてよ、違うの!」

「お前はあっち行ってろ!」