結局、ノートを広げていても怒られない喫茶店やファミレスを渡り歩き、ドリンクでおなかをがぼがぼにした一日だった。

歯車がうまく噛み合わない、そんな日。

ようやく家の門をくぐったとき、入れ違いのように隣の家の玄関が開いた。



「どこだって?」



ぎくっとした。

靖人だった。

もう暗い前庭に、家の中の明かりで影ができる。



「あっち? 一番高いやつ?」



たぶんおばさんだろう、会話の相手の声は聞こえない。

家の中とちょっとやりとりしてから、靖人は雨で濡れた前庭を突っ切ると、道路と敷地を隔てる塀によじ登り、そこから庭に枝を張っているセンダンの木に飛び移った。

薄闇の中、葉っぱががさがさと揺れる。

なにをしているのかと、家に入るのも忘れて思わず見守った。

やがておばさんが玄関から顔を出し、それと同時に靖人がひらりと枝から飛び降りるのが見えた。

手になにかを持っている。



「あー助かったわあ、風強かったねえ、今日」

「俺のじゃん、これ」

「そうよ、だからそのままじゃ恥ずかしいと思って」

「先に言えよ!」



おばさんがぺろんと広げて見せたのは、トランクスだった。

靖人が慌ててそれを取り上げる。



「ねえ、後でスープとチャーシューの残り、郁実ちゃんに届けてあげてくれない?」

「用事があるって言ってたんだろ? 食ってくるんじゃねえの」

「明日だっておいしく食べられるもの」



はいはい、と靖人が言ったような気がしたけれど、もうふたりが家の中に入ってしまった後で、よく聞こえなかった。

靖人はたぶん、私が健吾くんの家に行ったと思っている。

こんなところで、雨に濡れてこそこそ身を隠しているなんて、思いもしていないに違いない。


家にいたら、靖人が来てしまう。

部屋に入ったらすぐ、そのことが向こうにわかってしまう。


靖人の家の玄関が閉まったのを確認して、その場を離れた。


──想われるのって、いいなあって