初戦で勝利した、あの日。

あのときの腕の熱さと、全然違う。

靖人と自分の身体の間で、靖人の片手を握ったまま、私はなんの反応もできず、ただ靖人の腕の中にいた。



「好きだよ、郁実」



かろうじて聞こえるような、ささやかな声で。

感情を抑えきれないような、震えた音で。

「好きだ」ともう一度言われるのを、耳元で聞いて。

靖人の鼓動を、手に感じていた。





『へえ、俺らの頃、そんな施設なかったなあ』

「そうなんだ、クラス合宿もなかった?」

『あったよ。柔道場とかで雑魚寝してた。今思えば、男だけのクラスだからできたことだよな』



確かに。



『で、今はなんの時間?』

「みんなもう布団に入ってる」

『早いな』

「学校行事だもん。でも寝てはいないよ、しゃべってる」

『郁も輪に入っといで。大事な機会だろ』

「少ししたらね」



しんと静まったロビーのソファで、スリッパを足の先でぶらぶらさせた。



「美菜さんと、会社で会った?」

『うん、そりゃな。席向かいだし』

「なにか話した?」

『仕事以外のことはなにも。ちゃんと話したいけど、会社でできる話じゃないし、飲みに誘うのも変な話だし、正直どうしたらいいか、けっこう悩んでる…』

「美菜さんは、どんな感じ?」

『ざまあみろって顔してる』



力ない声に、笑ってしまった。

美菜さんらしい。



「じゃあ、そろそろ戻ろうかな」

『俺、来週、実家に泊まるんだ。その前に会えたら会おうな』

「海行きたいなあー、健吾くんだけ水着で」

『なんで俺だけなんだよ、ふざけんな』

「ケチ」



熱をもった携帯を握りしめて、膝を抱えた。


信じてるよ。

信じてる。