「でも…もうケンカしたくないよ」

「別に毎回ケンカになるわけじゃないだろうし、なったって別によくないか? 後で仲直りすりゃ済む話だろ」

「やだ。怒った健吾くん、すごく怖かった」

「そんなに怖かったか?」

「怖かった」



ほんとに怖かった。

それだけはわかってほしくて言い張る。

思い出すだけで泣きそうになり、うつむいた。

健吾くんが横で、私をじっと見ているのを感じる。

繋いだ手が、ぎゅっと丁寧に握り直された。



「ごめんな」

「いいけど…」

「だから、そういうとこですぐに"いい"とか言うなって」

「え、ここで指導入るの?」

「納得したふりすんなって話だよ。俺けっこうカッとなるし、これからも腹立ったら言いすぎることとかあると思うけど」

「あるんだ…」

「でもそれは、単にその場の話の流れが気に入らないってだけで、郁が嫌になったとか、そういうわけじゃない。そのくらいわかるだろ?」



あ、そこ開き直るんだ?

若干ぽかんとなりつつ見上げると、健吾くんは大真面目だった。



「俺が悪けりゃ、絶対後でごめんって言うから。一時的なケンカくらいで引くなよ。言いたいことは言え」



私が返事をせずじっと見ているので、だんだん健吾くんもあれっと思いはじめたらしく、目が自信なさそうにさまよう。

男の人って、もしかしてそういう考え方を"合理的"だとか"理性的"だとか思っているんだろうか。

こっちからしたら、無神経一歩手前なんだけどな。

それで"女は感情的"なんて言われた日には、やっていられない。

じろじろと私に見られて、ついに健吾くんがいたたまれなくなったように口を開いた。



「…なんか言えよ」

「うん」

「うんってなんだ」

「言いたいことは言う、ようにがんばる」

「ん、がんばれ」

「あと次は、もっと早く自分から謝れるようにがんばる」



自戒の念も込めて、宣言する。