「さーて、日が暮れるまでにもう一枚仕上げるかー」


青磁が大きく伸びをして、それからまた筆を走らせ始めた。


腕時計で時間を確かめる。

日没まではあと一時間くらいはありそうだ。


私は青磁の隣で三角座りをして、膝の上で組んだ腕に頬をのせて彼を見る。

なんだか鼻唄でも歌い出しそうな横顔だ。


絵を描くのが楽しくて仕方がないんだろうな、と思う。

それから、私にはこういう顔をするときがあるだろうか、とふと思った。


趣味は? と訊かれたら、いつも『読書』と答えている。

本を読んでいるときは自分でもびっくりするほど集中しているし、面白い本を見つけたときにはわくわくして楽しくなる。


でも、青磁が一分一秒を惜しんで暇さえあれば絵を描いているのと同じほどには、本に没頭することも、のめりこむこともできない。

それに、精神的に不安定になっていた数ヵ月前から、その好きな本を読むことさえしなくなっていた。


私にとっての読書は、青磁にとっての絵とは違って、なくてはならないものではないということだ。

私の読書は『趣味』だけれど、青磁の絵は『生き甲斐』のようなものなんだと思う。


だって私は、本が好きだから小説家になるとか、出版社で働きたいとか、そういうふうに思ったことはない。