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教室棟の廊下を抜けて、両側から陽射しの降り注ぐ渡り廊下を通り、旧館へと入る。
放課後の生徒たちの声がどんどん遠ざかり、穏やかな静けさが訪れる。
それにつれて全身の力が抜けていくのを感じた。
同じ学校内のはずなのに、旧館に足を踏み入れると、まるで別世界にやって来たような気がする。
その心地よさにすっかり病みつきになった私は、文化祭が終わってからほとんど毎日、放課後になるとここへ足を運ぶようになってしまった。
奥のほうへと進むにつれて、油絵の具のにおいが濃くなる。
「こんにちは」
声をあげて美術室のドアを開いた。
隙間から顔を覗かせると、いつものメンバーがそれぞれに思い思いの活動をしている。
美術部は、登録上は二十人以上の部員がいるらしいけれど、いつ見ても美術室には同じ五人、少ないときは三人しか来ていない。
私が挨拶をしても、反応するのはいつも二人だけだ。
「いらっしゃい、茜ちゃん」
と微笑んで返事をしてくれたのは、三年生で部長をしている中原里美さん。
いつも黒板の前の椅子に足を組んで座り、難しそうな分厚い本を読んでいる彼女は、私が声をかけると必ず顔をあげて答えてくれる。
そして、そのあとすぐに本に視線を落とす。
「こんにちは」
と囁くように答えてくれたのは、一年生の望月遠子ちゃん。
大人しくて可愛らしい女の子だ。
いつも窓際に腰かけて油絵を描いている。
あとの三人――いつもゲームをしている二年生の三田くん、いつも漫画を描いている一年生の吉野さん、そして青磁――は、いつも無反応だ。