ぶわっと真夏の熱風が吹き込む。
病室の温度はぐっと上がったけれど、欝々とした世界がいっきに生命力を帯びたように感じる。

振り向くと深空のゆるやかなウェーブのかかった髪がひと房、シーツの上で風に踊っていた。
綺麗だ。渡より色が濃いけれど、天然のダークブラウンの髪が、日に透ける。

僕は渡の顔を見た。

渡は静かに深空を見おろしていた。
横に立ち、表情の乏しい顔を優しく切なく歪めて姉を見ている。

渡の骨ばった手がそろりと深空の髪に伸びた。
触れようとして、びくりと指先を曲げ、引っ込めてしまう。
呆けたように薄く開いた唇が結ばれる。

そんなひとつひとつの動作で分かってしまう。
ああ、渡は、まだ彼女が好きなんだ。

自らの手で傷つけてしまった、血のつながった姉を、まだどうしようもなく愛しているんだ。

胸がきりきりと痛んだ。
それはどんな種類の痛みだっただろう。

渡と深空の関係に、僕はどうやったってよそ者だ。
僕が渡に抱いている友情も、深空に抱いている奇妙な親愛も、ふたりの無言の蜜月の間には割って入ることができないように思えた。

深空の目覚めを望んでいる。
渡が幸せになるためには、彼女に覚醒してほしい。友人として切に願う。

だけど、渡の恋心は昇華の仕様がないのも事実だ。それなら、いっそこのまま。

彼女が眠りながら逝ってしまった方が、渡にはラクだろうか?

……そこまで考えて、僕は自分の思考にぞっとした。

渡の苦しみを減らすために、深空の覚醒を望んだ僕が、同じ頭で深空の死を願った。
一瞬でもそんな思考に陥った自分が信じられなかった。