持ってきた花を活けるため、空の花瓶とガーベラの花束を手に病室を出ようとすると、突如その声は僕の背中にぶつかってきた。

―――――今度は渡も連れてきてね。

「え?」

僕は振り向いた。てっきり、深空本人が目覚めたのかと思った。それくらいはっきりした声だった。

しかし、振り向いて見た深空は依然ベッドの上で動かない。呼吸器の音、時折かすかに響く点滴が落ちる音。

僕は、そろりと彼女に近づいて見下ろす。
やっぱりあなただ。そして、僕は言った。

「ええ、約束します。渡を連れてきます」




深空と約束した手前、僕には渡を再び見舞いに連れて行く義務が生じた。
何度も書くけれど、僕はファンタジー的なことは一切信じない。
だけど、深空の声だけは、どうしても本物にしか思えなかった。

なんの縁か知らないけれど、僕は眠る深空の声が聞こえるのだ。
渡には言えない。きっと信じてもらえないだろうし、証明ができない以上、渡はからかわれたと怒りを感じるだろう。
だから、僕はいたって単純に渡を誘った。

「深空さんに会いに行こう」

一緒に牛丼店で夕食を摂った後で、渡はしばらく残ったセットのサラダを食べて黙っていた。
それから、おずおずと僕の方を見る。

「おまえさ、前から思ってたけど、深空に惚れてたりする?」

渡に若干呆れた顔で言われ、僕はぶんぶんと首を振り否定した。