「実際、俺はなんだかよくわからなくなってしまった。食べることにも眠ることにも考えがいかなかった。俺は長いこと自分の部屋で勉強机に向かって座っていた。そうしていたら深空が帰ってきた。バイト帰りで手にケーキの入った箱を持って高校の制服のまま俺の部屋に入ってきた。『渡が好きなやつ買ってきたから食べよう』深空がそう言った」

渡はそこまで言って両手で顔を覆った。
長く息を吐き出す音が何度も聞こえた。僕は黙ってそれを聞く。

「深空の顔を見たら、すべての気持ちがあいつに向かった。にこにこ笑いやがって。俺を馬鹿にしているくせに。自己愛を満たすために構っているくせに。……俺は立ち上がって、歩み寄って、そして深空の首を締めたよ」

渡が真に絶望していたことはふたつ。

深空に裏切られたという思い。
そして、どれほど恋しても実の姉への気持ちを叶えることは永劫できないということ。

「あとはあまり覚えていない。物音を聞き付けて、親が駆け付けた。義父が俺を殴って、深空の応急処置をしていた。お袋が泣き叫びながら救急車を呼んだ。戻ってくると俺を非力な腕で殴った。人殺しと怒鳴られた。俺はとてもぼんやりして、それを見ていた。全部映画の中のように遠かったんだ。ぐったりした深空も、慌てた義父も、狂ったみたいに泣くお袋も。ただ、足下にひしゃげたケーキの箱が転がっていて、中からチョコレートケーキがつぶれてはみ出していた。それを見て、俺はようやく大変なことをしでかしたと気付いた。それで大声で泣いた」