苦い感覚に耐えきれず、初夏にさしかかったある日、渡は祖母の家に忍び込んだ。水曜の午後だった。
その時間、祖母が通院で家を空けるのを知っていた。

母の持ち物から失敬してきた鍵で、祖母の家の玄関を開ける。
目当ては奥の間の茶箪笥。そこには母親の古い持ち物がしまいこまれている。

渡はそこの一番上の小棚を開けた。
気が急いた。祖母がいつ帰ってくるかわからなかったからじゃない。
純粋な恐怖から焦った。

黄色く変色した千代紙張りの箱の中に、探していたものは見つかった。
母子手帳だ。昭和五十七年八月二日生まれ、死んだ父の姓で『遊佐渡』と名前があった。

そして、箱の底からもう一冊の母子手帳を見つけた時、渡は叫びだしそうになった。

昭和五十五年六月一日生まれ。
『笹塚深空』

母の旧姓を冠された深空の母子手帳だった。

手帳には一枚の写真がはさまっていた。白枠の黄ばんだ写真には55'08'15の刻印。
映っていたのはピンク色の産着の乳児と若い母。そして若い義父だった。

渡は混乱した。
事実、この時の渡は母と義父、深空の物語のすべてを知り得なかった。

しかし、渡が知りたい範囲のことは悲しいくらいわかってしまった。

自分が感じていた疑念が真実だったこと。
深空が自分の血のつながった姉であること。

15歳の渡が絶望するには充分な内容だった。