渡がどうにか地元の高校にあがり、しばらくした頃、母方の祖母が石神井の家に遊びにきた。
祖母は調布で一人暮らしをしていて、実父が死んで一年ほど、渡と母はそこに身を寄せていたことがある。

夕食を食べている時、不意に祖母が言った。

『深空は京子に似てきたねぇ』

家族の誰もが妙な顔をした。
京子とは渡の母で、深空には義母にあたる。深空が京子に似てくるはずがない。

『いやぁね、母さん』

母親が慌てた声で言った。

『一緒に暮らすと似てくるのかしら』

祖母は高齢というほどでもない。老人特有の勘違いにしては、少々変だ。

その夜の言葉はやけに渡の耳に残った。食卓に流れたの奇異な緊張感も。

似てきた。
渡はその言葉の意味を考え、改めて深空と母を見比べる。

言い得て妙とはこのことだ。
見れば見るほど、母と深空はよく似て見えた。
柔らかそうな髪も、高い鼻梁も、少し上唇が厚いことも、爪のかたちも……。
血のつながらないはずのふたりが似ているなんてあるだろうか。

疑念というにはあまりに薄く、はっきりとしない想いだった。
しかし、その日以来渡の心にひとつの考えが浮かんだ。
それはひどく混乱するものだった。手や足の末端まで鈍く痛み、頭の前の部分が重い。