「あれ?カード……」

数人しかいない図書館に彼の低い声が響いた。
へえ、声もかっこいいじゃん。益々羨ましい。

「カード忘れでしたら、お名前と身分証明書で検索かけますよ」

カウンターの女性ににこやかに言われ、彼は探っていた財布から保険証のようなカードを出した。

「トオサカワタルさん」

「あ、ワタリと読みます。トオサカワタリ」

「失礼しました。トオサカワタリさんですね。はい、それではこちら一週間の期限になります」

スタンプ付きの付箋を貼られ、厚い全集を手渡されたその男、トオサカワタリは、さっさとカウンター前を抜け、日差しの中へ出て行った。

へえ、名前までわかっちゃった。個人情報ってこうやって広がっていくんですね。いや、僕みたいに聞き耳をたてていなければそうでもないのかな。

まあ、とにかくこの頃の僕はこのトオサカワタリに興味があった。
図書館でしょっちゅう会う年の近そうな男。見た目は図書館にいなさそうなタイプで、僕とは真逆の雰囲気を持つ男。

たとえば、大勢の中にいて、何もしなくても目立つタイプというのがいる。
良い意味にせよ、悪い意味にせよ。彼はそういったタイプの人間に見えた。

考えてみると、「大勢の中で目立つ」存在というのは、人によって違う。
僕にとってはトオサカワタリがそれだったようだ。