「道を外れたおまえは親の情けで生かされてるんだぞ。深空の命を吸い取っておいて、まだ愚弄する気か。いい加減消えて無くなれ!このクズめ!」

啓治は勢いよく罵声をぶつけ、ついには拳を振り上げ渡をしたたか殴りつけた。
渡の上半身がぐらりと傾ぎ、倒れる。
まだ飽き足りないらしく、その上に馬乗りになろうとした啓治に、ようやく僕は掴みかかった。

姿勢を低く、懐に入るようにタックルをし、そのまま体重をかけ揺らいだ身体を後方に倒した。
掴み返されないように素早く身を引き、立ち上がる。

してやったりだ。ろくに喧嘩もしたことのなかった僕には大冒険。
何しろ相手は年上で、僕より数段ガタイがいい。

不意打ちは成功したが、この後についてはまるで自信がない。
僕は転がった啓治をしっかり見る余裕もなく、渡の二の腕を掴み助け起こした。

「行こう!!」

渡は放心していたけれど、それが殴られたためでないことは明らかだ。あんまり心が離れている様子なので、僕は一瞬、渡が正気を手放したのかとすら思った。

「渡!!」

大声で呼ぶと、それでも渡は、僕が掴んだ腕に手を添え、肩を貸すとそれを頼った。
僕たちは一目散に走りだした。啓治の怒声が追いかけてきて背中にぶつかる。

「人殺し!次はそいつを殺すのか!渡ィッ!」

走って走って、息が切れても止まらなかった。
僕は必死に渡の手を引いた。手を離してはぐれたらおしまいな気がした。
なんの根拠もない強迫観念に、僕は走った。

随分走って僕のアパート近くまで来てようやく歩調を緩める。
どんより曇ったまま暗くなった空から雨粒が落ち始める。
ぽつんぽつんと、僕と渡の手や顔に当たる。