曇った夕刻は、ひどく蒸し暑い。
もう真夏なのだと痛感する。僕の故郷よりこの街は熱い。

ひとり暮らし初めての夏はとっくに始まっている。
横に夏を過ごす友人がいてよかったなと思う。もちろん、彼女だったら尚可ではあったんだけれど。

歩きながらふと気づいた。
渡がぶつぶつ何かを口ずさんでいる。よく聞くと歌のようだった。

「何歌ってんの?」

歌の判別がつかないので聞いてみる。下手とかではなく、あんまり小さい声なのでわからなかったのだ。

どうやら無意識だったらしい。渡は自分が歌っていたことに気づき、まず赤面した。
カッコつける暇もない赤い顔に、僕は笑いを堪えるのに必死になる。
駄目だ、笑うな。耐えろ。
笑ったらこのひねくれ男はすぐに自分の殻にこもっちゃうぞ。

「いや、さぁ。なんかこの前聞いていいなぁって思った歌に似てたからさ」

「曲名は知らない……コンビニでよくかかってるから」

自然に覚えちゃったんだ。そう言い訳して、渡はうつむいた。

いいじゃないか、歌ったって。そう言ってやろうかと思って、僕は言い方を考えた。
うまい振りがわからないので、流行っている曲名をいくつかあげてみる。

「だから、曲名じゃわかんねーって」

渡がぶすくれた顔をして、仕方なさそうに今度はもう少し声を張って歌ってくれた。
渡の声。カラオケというものに行かなかったので初めて聞いたけれど、よく透る良い声だった。