渡とは図書館で出会って、僕から友人になりたがったこと。
彼は近代文学を好んで読んでいること。コンビニでアルバイトをしていて、接客はきちんとこなしていること。食事は面倒くさいと抜いてしまうけれど、僕と一緒だと結構食べること。
遊びに不慣れだから、妙な仲間はいないこと。
お義姉さんのお見舞いに行きたいのに、遠慮してなかなか行けていないこと。

ゆっくりと、それでも僕が経験した彼との日々を説明していくと、彼の母親は相槌をうち、時に切なげに瞳を眇めて話を聞いていた。

話し終えてまず感じたのは、『こんなにたくさんのことを喋ってしまってよかったのだろうか』ということだ。

僕は渡と両親の断絶の理由を知らない。そこに義姉の深空が関わっていたとしても、詳細は聞いていない。
もし、目の前にいる渡の母親だって、渡を心配しているように見せ、心の内では彼を憎んでいたらどうしよう。
僕が明け渡した情報は、よくない作用を生まないだろうか。

渡の母はほおっと嘆息した。
それから、手付かずだったケーキにフォークを入れる。僕もならってフォークを持ち上げた。

ふたり無言でケーキを食べるその空間はちょっと不思議な感じだった。
気まずくてお皿とコーヒーカップばかりを見ていた僕は、ずるっという鼻をすする音で驚いて顔をあげた。

見れば、渡の母親は、ケーキを食べながらぽろぽろと涙をこぼしている。

「あの……お母さん……」

僕はどうしたらいいかわからなくて、ハンカチを差し出すことすら頭に浮かばず、おろおろとする。