「立ち止まってしまって、そこからもう一度走れる?」

「俺も……やめちゃうかもなぁ」

渡は僕の回答に安心したような、寂しいような顔をしていた。

「みんなそんなもんかな」

渡の静かな瞳が伏せられた。
どうしてそんなに孤独な顔をするのだろう。渡の心の中には空ろな部分があって、どうしてもその穴の底が見えない。

僕はかすかに苛立って言った。

「途中でやめたらさ、また日を改めてでも仕切り直してでも始めればいいと思うんだよね」

渡がきょとんと僕の顔を見る。

「なあ、恒。それじゃ、セリヌンティウスは死ぬぞ」

「う……」

確かにメロスに置き換えたら、そうなってしまう。メロスが戻る約束は日没までなのだから、翌日では親友は殺された後だ。

「んー、つまりさ。メロスほど真摯で情熱的には走れないけれど、僕ら一般人にだって諦めないことはできるんじゃない?休んだり、投げ出したりしても、時間かかっても、取り返しがつかなくなっても、『諦めない』って選択はできるだろ」

僕が必死に説明している間、渡は肩を揺らして笑っていた。どうやら、言い訳にしか聞こえないみたいだ。

「もー、いいよ!」

話を打ち切ろうとすると、うつむいて笑っていた渡が顔をあげた。

「いや、ありがと。なんか、気持ちがラクになった」

それがどういう意味かはわからなかったけれど、渡が顔色よく笑っていることに、ゆるゆると喜びが湧いてきた。
なんだ、僕も渡の表情を変えることができる。暗い微笑を明るい笑顔に変えられる。

こうしたちょっとしたことは、僕の承認欲求を満たした。
僕は渡に必要な人間になれている気がした。