それでも僕は他の学生より幾分かは真面目だったように思う。
遊んでばかりいたが、教授の覚えは良かったし、講義中寝ていたってレジュメもレポートもできた。仲間うちではその簡単な教養科目すらわからないという人間が何人もいた。

「白井は頭イイもんな」その小さな世界で頭が良くて何になるとは思うものの、僕は得意だった。周囲のささやかな賞賛が嬉しかった。

僕の一番の気に入りは市立図書館だった。
そこは大きな市の持ち物にしては建物は古く、蔵書が少なくいつも閑古鳥が鳴いている。
フロアに人がいない時間もあり、喫煙所にリタイア世代の男性が何人も談笑している寄り合い所みたいなところだ。

それでも僕が読みたい最新の雑誌はあらかたそろっていたし、何より本当に静かなのでよく時間を過ごした。

僕は理系の人間だけれど、文学を愛していて、そんな自分をちょっとカッコイイと思っていた。
明治や大正の文学青年に憧れていた。時代が時代なら、書生をするのに。そして帝国大学に通うのだ。「こころ」の先生のように。

恥ずかしいので口にはしないけど、そんなことを夢想していた。
ほこりくさい、古びたレンガの建物の内側で、斜めに差し込む木漏れ日を眺め、少しだけ文学青年の気分を味わう。