「渡」

さすがにしびれを切らして彼の名を呼ぶと、僕の背後から大きな声が聞こえた。


―――――いい加減、はっきり決めなさい。男らしくないわよ!


心臓が止まりそうになった。
あまりに大きく響く女の子の声が僕の耳にこだました。それは過去二度聞いた女の子の声だ。

僕はとうとう頭がどうかしてしまったのだろうか。だって、この部屋には僕と渡しかいないし、テレビでも外の音でもないことは間違いなかったからだ。
何より、これほどの大きな声に、渡が一切反応をしていない。それは、僕にしか聞こえていないということではないか。

僕がひとり、狼狽していると、渡はようやく口を開いた。

「そうだな、平日の昼間なら、家族には会わずに済むと思う」

渡は心を決めたというより、僕の誘いを免罪符にしたいようだった。

「うん、僕も行くから」

僕は妙な声に驚きつつも、渡が頷いたことに頷き返し、同行を約束した。