「知らないとこだろうけど、緊張しないでいいって。誰も渡のこと気にしてないから」

「してないし、緊張とか」

真顔で強がる渡がおかしくて、僕は笑いを噛み殺した。笑っても、たぶん渡は怒る。

英語の講義は高校の延長くらい簡単な内容で、僕は渡との真ん中にテキストを置き、適当に板書を写したり、携帯をいじったりしていた。意外にも渡は真剣に講義を聞いている。それっぽく見えるようにと、ノートは置いてみたけれど、シャープペンシルを持たせたらそのまま板書を書き写しそうだ。
講義の間中、渡は身じろぎひとつせずに、集中して聞いていた。

「楽しかった」

90分の講義を終え、約束どおり学食で早めの昼食を摂っていると、渡が感想を言う。
ミックスフライ定食に箸もつけずに、ぼんやりしている。滅多にない体験の余韻に浸っているみたいだ。

「え?ああ、ホント?それならいいんだけど」

最初の予想だと、椅子が固くて尻が痛くなったとか、退屈だったとか言われると思ったのに。僕は面食らった。

「文法的にはこうだけど、ネイティブはこう、スラングだとこう……みたいなこと言ってたじゃん。ああいうことも教えてくれるんだ」

「まあ、教授にも寄ると思うけど、結構どの教授も無駄話は入れてくるよね」

「そっかぁ」

渡は子どもじみた表情で、素直に感心している。