食後、渡は早速僕の貸した有島武郎の『生まれ出づる悩み』を読みだす。
途中何度か手を止めては、僕にわからない漢字を聞いてくる。こういう素直な態度をいつもとればいいのにと思うけれど、口にするとまた怒るので言わないでおく僕だ。

バラエティ番組は、ロケ中心の番組でタレントが街に出て話題のお店に行ってみたり、一般人と絡んでみたりしている。
今日の場所は練馬区光が丘だ。

ふと、僕は思い出して問うた。

「練馬区だって、渡んちはこのへん?」

渡が顔をあげた。眉間に皺が寄っていたので、この話題が嫌なのはすぐに思い出した。
渡は、家族と仲が悪いのかもしれない。それで、家を出たのかもしれない。

しかし、渡と仲良くなってきている自負のある僕は、今日はもう一歩踏み込んでみようかと悪戯心をだした。

「兄弟とかいるの?渡のそういう話、聞いたことないよな」

渡は答えない。

「僕は一人っ子なんだけどさ。兄弟がいればよかったなぁって思うよ。渡は?兄ちゃんとかいそうに見えるけど」

もう一度、渡を見る。彼はひどく神経質な表情になっていた。
僕はぎょっとしたけれど、勢いがついているせいか続けた。

「なんで一人暮らししてんの?親御さん寂しいんじゃない?」

渡は低い声で答えた。

「おまえには関係ない」

今までに聞いたことのないくらい低くてドスの利いた声だった。