「僕、まだ決まってないんだから、ちょっと待てよ」

僕は慌ててグランドメニューのページをめくる。
ウェイトレスを呼ぶためのボタンを押して、渡は言った。

「今日のヤツ、どんなの?」

「貸す本の話?えーとね、僕は、こういう箱庭感のある話、好きだなぁ。独特の価値観にふたりで沈んでいくっていうか」

「意味、わかんね。抽象的すぎ。頭良いアピール?」

「だって、詳しく話したらネタバレになるだろう」

「そこはうまく掻い摘んで教えてよ」

そんな器用なこと、……望むところだからするけど。


この日をようやくのきっかけとして、渡は週に一・二回、僕から本を借りるようになった。受け渡し場所は、図書館かコンビニ。
時間があえば、帰り道やコーヒーショップで貸した本の感想を渡が披露してくれる。

僕の話に付き合ってくれ、質問すれば打てば響く速度で返してくれる渡との会話は楽しかった。
頭が悪いなんて嘘だ。渡は言語の反射神経がよく、文学の読み解き方も丁寧だった。
そして、僕がいっそう渡を気に入った理由はそんなところだった。