渡、さよなら。

僕は前に向かう。
歩いていく。

おまえと過ごしたあの夏は、僕の奥底に大事にしまっておこう。
綺麗な箱に入れて、二度と開けないようにしよう。

渡、さよなら。
おまえから、彼女を奪ってごめん。必ず幸せにするから。


だから、おまえはもう僕の心にいてくれなくていいんだ。



「深空、好きだよ。あのね、僕と結婚してほしい」

「恒……」

「きみは生きてる。これからも一緒に生きて。そして、僕と家族になってほしい」

深空はもう抵抗しなかった。
だらりと降ろされていた手が、僕の背にそろりと回される。
僕は彼女の細い身体をもう一度強く抱きしめた。