自宅のマンションに帰り着いたのは夕刻だった。
玄関ホールに入ろうとして、植え込みの前に腰かけている人影を見つける。

深空だった。

「深空、どうしたの」

来るなんて聞いていない。
夕焼けを浴び、オレンジ色に頬を染めた深空はゆっくりと立ち上がった。ダークブラウンの髪の毛も夕日に透け、金髪みたいに薄い色味に見える。

「今日はどこに行ってたの?」

深空は人に詰問口調を使わない。はきはきしているけれど、いつだって穏やかで、他者を本気で責めるようなことはなかった。
その深空が、射抜くように僕を見つめている。

「気分転換に出かけてきただけだよ」

「ひとりで?」

「うん、ひとりで」

「どこに行ったの?」

「……海の方かな」

深空は納得していないけれど、何も言わない。
唇をきゅっと噛みしめ、慎重に言葉を選んでいるように見えた。

やましいわけじゃない。
でも僕は、今日のことを深空に言うつもりはなかった。
深空は渡のことを覚えていないのだから、僕と渡がした約束なんて、言っても混乱させるだけだ。
僕と渡で完結させるべきことなのだ。

「とにかく、中に入らない?それとも、このままどこかに夕飯でも食べに行く?」

肩に手を添えると、力いっぱい振り払われ、いよいよ僕は面食らった。
何か言いたげにしている深空を、僕もじっと見つめ返す。

「恒」

随分して、深空がようやく口を開いた。
夕日はビルの隙間に消えてしまいそうになっている。