「太宰、好き?」

「うん、よくわからないけど……好きかな」

「芥川は?」

「全集読んだら、すげー怖くなったけど、嫌いじゃない」

文学の話をしたら、急に素直に答えてくれた。きっと、渡は好きなものには一途なタイプじゃなかろうか。
僕はとっておきの切り札のようににやっと笑って見せた。

「僕んちの親、国語の教師でさ。うち、結構文学全集揃ってるよ。よければ、いつでも貸すけど」

渡が初めて、興味を示した。気のなさそうな瞳が、ぱっと見開かれている。

行きつけの図書館には「貸出中」のままの本がいくつもある。
図書館運営にやる気のない市は、新書や雑誌は買っても、なくなった本を足そうという気をなかなか起こさない。「貸出中」が撤回される場合の方が少ないのだ。

「いいのかよ」

「うん、僕ほとんど読んじゃったし」

これは釣れたかもしれない。僕は内心ほくほく笑いながら、渡の気が変わらないうちにと、携帯電話を取り出した。連絡先の交換のためにだ。

後から聞いたけれど、渡はこの時、僕と友人になる気などさらさらなかったそうだ。
もっと言えば彼は誰一人として友情を育む存在を欲しがっていなかった。