白亜の建物の七階。海底の遺跡のような病室に彼女は眠っていた。
呼吸器が静かな音をたてる。

その時、僕はどうして彼女に会いに行ったのだろう。

まじまじと見た遠坂深空はあまり渡に似ていなかった。
痩せた頬、痩せた肢体。彼女のいる一部だけこの世から外れている。

深空の声を聞き、渡とともに彼女に会いに来て、僕はたまに考えた。
彼女のいる場所はどれほど暗く深い場所なのだろう。
水底の病室で眠る深空。きっと美しい闇を内包してそこに沈んでいる。

今にして思えば、生前の渡もそこにいたのだ。
彼女の抱える闇を懐かしく見つめ、眠る姉に寄り添って。

僕は結局蚊帳の外。
何ひとつできやしなかった。

「ねえ、深空さん。これで満足?」

渡が生き続けるのは『死に切れなかった』からではない。
命ある限り、姉を愛し続けるためだったのだ。

僕は渡が彼女に奪われたような気がした。

「渡はあなたのそばに行ったよ。連れて行きたかったんだろ?最初から」

深空の声は聞こえない。
僕に話しかけたじゃないか。それなら、もう一度声を聞かせろよ。
僕を通じて、渡を呼んでいたんだろう。

「渡はあなたの弟だったかもしれないけれどさ……僕の友達だったんだよ……」

力なく言った声は水底の病室に吸い込まれ消える。
僕は泣き続けた。悔しかったし、悲しかった。
自分は渡のなんだったのだろう、と考えた。

渡が姉の元へ行くのを助けただけだったのか?
渡を死地に追いやっていたのは僕だったのか?

「渡を……返してよ」

返してほしい。渡をここに返してほしい。

友達だったんだ。大事な大事な友達だったんだ。

渡の痛みを僕は理解しきれなかった。
だけど、渡は僕といれば笑えたんだ。

あいつはこのまま幸せに生きていく資格があったんだ。