これはそうとう熟睡しているのだろう。ドアを叩くくらいで起きるかな。僕は自分の想像に、疑いすら持たなかった。

その時だ。


―――――渡!!


深空の声がした。深空の切羽詰まった大声が僕の背中にぶつかった。

「え?」

僕は辺りを見回した。やはり渡は到着していない。それなら、今の声はなんだ。
深空はどこに向かって渡を呼んだんだ?
どうしてそれを僕に聞かせたんだ?

ぞわりと背筋が震えた。

僕は渡の部屋に向かい、早足で歩き出した。

駅から徒歩二十分の渡のアパートに到着すると、おんぼろアパートの前に人垣ができていた。
時刻は8時半だ。普段、これほど人が集まるような場所でもない。

すぐ近くにパトカーが三台停まっている。警察官が人の群れを押しやるのが見え、黄色い規制線のテープが見えた。
わやわやとざわめく野次馬。下がってくださいと声を張る警察官が数人。

全身が総毛だった。
嫌な予感が黒雲のように、僕の胸を埋めていく。どんどんと心臓が有り得ない音で鳴り響く、歩みを早め、野次馬の輪の中に突っ込んだ。

『ササレタンダッテ』『オトコガニゲテイクノヲミタ』『キュウキュウシャキタトキ、イシキナカッタヨネ』『コワイネー』

次々に耳に飛び込んでくる言葉で、何があったのか聞くまでもなかった。
嫌な単語がたくさんあふれている。無神経な言葉であふれている。

僕は人垣をかき分け、黄色のテープの最前列に身を乗り出す格好で躍り出る。
警察官に下がりなさいと押し留められた。僕は邪魔な警察官を平気で押し返した。


そして僕は路上に広がる生々しい血溜を見た。