彼が読んでいる本は大抵僕好みだったし、理系学部の僕に文学の話をする相手はいない。先に書いたけれど、僕は明治大正文学の書生に憧れていた。遠坂渡の見た目は、けして書生には見えないけれど、現代版の書生仲間として、僕らは仲良くなれるんじゃないか。

「喉が渇いてるんですよね」

遠坂は僕のテンションとは真逆の静けさで聞き返す。

「のど渇いてるのに、パフェ?」

「パフェはきみが食べたらいいですよ。僕、お礼におごります」

「いえ、俺は甘い物苦手なんで」

「え!?前、図書館出たとこでいちご牛乳飲んでましたよね」

僕の余計なツッコミのせいで、遠坂が精神的に100メートルくらい後退した。表情にわかりやすく嫌悪が浮かんでいる。たぶん、席についていなかったら即行逃げられている。

「まさか……その筋のストーカー?」

「どの筋だ、どの。……誤解しないでください。あの図書館でよくお見かけするなぁって思ってただけですので。えーと僕、白井と言います。白井恒(しらいこう)。沼南大学獣医学部の一年です。怪しい者じゃないです、ホント」

小声だけど一気にまくしたてると、遠坂がようやく口の端をゆがめた。
それが呆れたような笑顔であると気付くには時間がかかった。
なんだ、これ笑顔なんだ。不器用に笑う男だなぁ。