「橋倉くんも、適当な机に荷物置いて。好きなとこ座っていいから」
なにやら興味津々な様子で美術室を見回し始めた橋倉くんは、私の言葉にワンテンポ遅れて「あ、ああ、わかった」と返事をした。
だけどすぐに、目線は室内のあちこちに移る。
何がそんなに珍しいんだろう。美術室なんか、普通に義務教育を受けて育っていれば、一度くらいは入ったことがあるはずだ。
それなのに、彼はまるで未知の空間に足を踏み入れたような様子で、室内を歩き回る。
なんてことない、普通の美術室だ。
通常の教室より少しばかり広くて、両側にある窓から青空が見える。
中央には長机が正面に向かって二列で並べられ、簡素な椅子がその間に点々と置かれている。
壁際には備品が入った棚や接骨像が並べられ、上部には過去の先輩の絵が飾られている。
角にはイーゼルが立て掛けられていた。
奥にもうひとつ、準備室につながる扉があるけれど、あそこは顧問の先生の私室と化していて、生徒はおろか、部員さえ入ることができない場所だ。