「…………なんでもない……」
何も言えなかった。何を言えばいいのか、わからなかったから。
私の目がおかしいのだろうか。
だけどこんなこと、今まで一度もなかった。仮に目の調子が悪かったとして、何かが透けて見えるなんて、あり得ること?
「へんなの」
橋倉くんはそう言って、ちょっと笑った。
そして私の手を引いて、階段をあがらせる。
その手はとても、冷たかった。
*
美術室に入ると、誰もいなかった。
いつも大体先輩が先に来ているのに。
放課後に用事が出来たとかだろうか。それとも今日は来ないとか。
「……誰もいねーけど………大丈夫、この部活」
私の後ろに立っている橋倉くんが、怪訝な顔で室内を見渡した。
私は「幽霊部員が多いの」と言って、近くの机に荷物を置いた。