「…………なんでもない……」



何も言えなかった。何を言えばいいのか、わからなかったから。


私の目がおかしいのだろうか。


だけどこんなこと、今まで一度もなかった。仮に目の調子が悪かったとして、何かが透けて見えるなんて、あり得ること?



「へんなの」



橋倉くんはそう言って、ちょっと笑った。

そして私の手を引いて、階段をあがらせる。


その手はとても、冷たかった。








美術室に入ると、誰もいなかった。


いつも大体先輩が先に来ているのに。


放課後に用事が出来たとかだろうか。それとも今日は来ないとか。



「……誰もいねーけど………大丈夫、この部活」



私の後ろに立っている橋倉くんが、怪訝な顔で室内を見渡した。

私は「幽霊部員が多いの」と言って、近くの机に荷物を置いた。