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「それじゃあ始めるぞ」

割れたベネチアンミラーを前に、俺は片膝をついて座る。

「おい……始めるぞ」

そして、隣で腕をガッチリフォールドしてくる来春を見た。

「え、どうぞ?」

──どうぞ、じゃない。やりにくいんだよ、この体勢。

当の本人はキョトンとしていて、離れる気はないらしい。いつも底なしの明るさなのに、こういうのは苦手なのかと俺は少し意外に思った。


「仕方ない……」

仕方ないとそう自分に言い訳したが、本当は頼ってくれたことに胸がざわついた。

「拓海先輩、頑張ってくださいね!」

「お前な……」

そう言いつつ、頼られて嬉しくない男はいない。そんな事、絶対に本人には言えないので、墓場まで持っていこう、そう決めた。