「ううっ」
最悪だ、思い出すと途端に恐怖が増すから嫌だ。いっそ忘れたままの方が良かったのにと、軽く凪くんを恨む。
「まぁ、中世ヨーロッパでも鏡の向こうは別世界、魔が潜むとも言われているからな」
そして、追い打ちをかける拓海先輩の一言に、私の恐怖心はピークに到達点した。
「なにそれ、マジなやつじゃないですか!」
これは、幽霊退治できそうな拓海先輩の隣にいた方が安全だ。そう判断した私は拓海先輩にぴったりくっついて、服の袖を掴む。
「……おい」
離せ、と目で訴えかけられる。
拓海先輩は怖いが、なにせそれよりも怖いモノが私にはあるのだ。私はしがみついた手に力を込めて、必死に幽霊から身を守ろうとする。
「こういう時って、一人になったら終わりだと思うんですよ。ほら拓海先輩、こういうの専門分野じゃないですか!」
拓海先輩の不思議パワーつながりで、除霊でも悪魔祓いでもしてなんとかして欲しい。常人の私には、幽霊は倒せそうにないから。
「……は?」
「とにかく、私を一人にしないでください!」
ブリザード光線を浴びようが、今はどうでもいい。とにかく一人になりたくない。縋る思いで拓海先輩を見上げると、目を丸くして私を見ていた。
そして、呆気にとられていた拓海先輩は、ふと我に返ったように心底面倒くさそうな顔をする。
──絶対、手、振り払われる!
「はぁ……勝手にしろ」
そう思っていた私は、渋々ながらそばにいる事を許してくれた拓海先輩に驚愕した。
逆に拍子抜けして、私は呆けてしまう。
──なんだ、優しいところもあるじゃん。
本当に困っている人はほっとけない拓海先輩の優しさに、胸がほんのりと温かくなる。
「はい!勝手にしてます!」
絶賛、現在進行形で。私はまんべんの笑顔で、遠慮なく拓海先輩にしがみついた。