「……伝えたい事、まだ何も伝えてない」

「言っても無駄だって、わかったろ」

──本当に無駄な事なのかな。
だって今、何も言えずに逃げたら……優輝くんもお母さんもきっと後悔する。

「拓海先輩が言ったんです、伝えられるうちに伝えろって!」

私の言葉に、拓海先輩はハッとしたように目を見開く。それに、私にはどうしても証明したいモノがあるのだ。拓海先輩の力が、誰かを幸せにするその瞬間を拓海先輩自身に見せてあげたい。

「……お姉ちゃん、僕……」

「頑張れ、優輝くん!」

迷う瞳を、安心させるように笑顔で受けとめる。ありきたりの言葉だけど、そう伝えたかった。優輝くんは私をしばらく見つめるとコクンッと頷き、もう一度お母さんの前へと歩いて行って立ち止まる。

「ママ僕ね、ずっとママに会いたくてここまで来たんだ」

「優輝……」

「ママは……会いたくなかったかもしれないけど、僕は会いたかった。だって、僕のママはママしかいないもん……っ」

泣きそうな顔で必死に伝える。どうか、優輝くんの気持ちがお母さんに伝わってくれますように。

「私は……っ」

でも、お母さんは次の言葉を紡げない。

──そんな……優輝くんがここまで言っても、ダメなの?

「優輝くん……」

なんとかしなきゃ、でも、私に何が言えるだろう。私の両親は、離婚なんて考えられないほど仲良しで、まだ大切な誰かを失った経験も無くて……。

だから、どうしていいのかわからない。自分の無力さを思い知らされる。口先ばっかり、そんな場合じゃないってわかっていても、悔しくて泣きそうになった。

「……はぁ……」

突然、拓海先輩がため息をついた。ツカツカと靴を鳴らしてこちらへ戻ってくると、チラリと私を見る。

「拓海先輩……?」

「……俺のキャラじゃないんだが」

「え??」

反射的に聞き返したが、返答は無かった。拓海先輩の視線はすでに私の元を離れ、目の前のお母さんへと向けられている。