「それもまた、嬉しいよぉぉっ」
「情緒不安定か、お前は……っ」
拓海先輩はぶっきらぼうに自分の服の袖で、私の目元をゴシゴシと拭ってくれる。
拓海先輩の視線は凍りつくブリザード、言葉は突き刺さるナイフのようだけど、本当は優しい人なのだと知った。
「ありがとうございます、拓海先輩っ」
ズビッと鼻水をすすって、涙でぐちゃぐちゃな顔で私は笑った。
「……変な奴」
「へへっ、変な奴でもいいですよー」
「ヘラヘラすんな、さっさと行くぞ」
「はぁーい!」
先に歩き出した拓海先輩の背中を見つめる。孤独の中、どんどん前へと進んで行ってしまうこの人の背中に、追いつきたいと思った瞬間だった。
こうして私達は、一階にいるみんなの所へと戻る。
「お帰りなさい、2人とも」
「来春は、また泣いたの?」
いつも通りの私達を見ると、深海さんも空くんもどこかホッとした顔をする。たくさん心配をかけてしまったなと反省した。
「優輝、だったか」
「う、うん……」
拓海先輩に急に名前を呼ばれた優輝くんは、ビクッと震えながら顔を上げた。
「母親に会いに行くぞ、準備しろ」
「えっ……ついて来てくれるの!?」
「そう言ってる」
──そうは、言ってなかったけどね。
拓海先輩のコミュ障ぶりは相変わらず炸裂しているけれど、私の意見を尊重してくれるのは大きな進展だ。
「いくぞ、サロン・ド・モントレゾーに」
扉の方へ歩いていく拓海先輩。私と優輝くんは顔を見合わせると、慌ててその背中を追いかけた。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい」
深海さんと空くんに見送られながら、私達は喫茶店を出た。