──プルルルッ。
母親の携帯の着信音は、静かなこの空間に寂しく響き渡る。
『はい、あ……孝之(たかゆき)さん』
母親は携帯のディスプレイを確認すると、すぐに電話に出る。
『えぇ、これから工房に戻るわ』
電話を切ると、母親は何かを振り切るように立ち上がり、子供に背を向けた。
『ママ!!』
ビクッと母親の肩が震える。それでも決して振り返る事はなく、外の世界へと繋がる取っ手に手をかけた。
『さよなら……』
言葉にすればたった4文字で、母親は我が子に永遠の別れを告げる。母親はカラカラとキャリーバッグを引くと開いた扉の向こう、茜色の世界へと消えてしまった。