『……ママ、どこかに行っちゃうの?』

心当たりがあるのか、母親がいなくなるとわかってるみたいに子供は不安げに尋ねる。

『ママは……うぅっ、どこにもいかないわ。心はずっとあなたの傍に置いておく』

母親はその場にしゃがみ込むと、背の低い子供の肩に顔を埋めて泣いた。

──心は……なんて、都合のいい嘘だ。

結局、母親はこの家を出て行き、アンティークドールだけを残して二度と子供のことを思い出さない。自分の幸せを見つければ、すぐに忘れるのだろう。

『ずっと一緒?』

『……えぇ、ずっと一緒よ』

この無邪気なその問いすらも、嘘に塗り固められていく。

一緒にいる気なんかさらさら無いくせに、こいつを傷つけないためについた嘘なのだとしたら、残酷だ。

俺の母親もそうだった。『会えなくても、心は傍にある』とよくそう言っては、俺の気持ちから目を逸らしてきた。

生ぬるい嘘は絶対に相手を傷つける。いっそ突き放された方が、憎んでしまえた方が楽なのだ。