『コーヒーの香りは、リラックスした時に出るα派が沢山出るのだそうですよ』
『ふふっ、でもきっとそれだけじゃないです』
コーヒーを一口飲んでカップを皿へと戻すと、母さんはクスッと笑ってそう言った。
『と、いうと?』
『深海さんが入れたコーヒーだから、きっとこんなに穏やかな気持ちになれるんだと思います』
そんな母さんを、深海さんは心配そうに見つめる。俺はどうしてもっと傍にいてくれなかったのかと母さんを責めるばかりで……。
考えもしなかったのだ、母さんの苦労なんて。もっと早く気付けていたら、母さんはまだこの世にいてくれたのかもしれない。そう考えると、後悔ばかりが溢れてきて胸が重苦しくなった。
『父の親友だからという理由で、拓海の事もお店の事も任せっきりですみません』
『いいえ、私も拓海くんが可愛いですからね。苦ではありませんよ』
──マスターは昔も今も変わらないんだな。
その優しい人と成りに、俺はどんな真実が待っているのだろうと、強ばっていた顔がゆっくりと綻ぶのを感じた。
『深海さんがそんなだから、私はつい甘えてしまうんです。でもやっと、鑑定の仕事も軌道に乗ってきました』
母さんはやりきったような、ホッとしたような笑顔で深く背もたれに寄りかかる。そして、ぼんやりと天井を見上げた。
『では、そろそろここを本拠地にするのですか?』
『えぇ、出張ばかりでこれ以上、拓海には寂しい思いをさせたくないので。ふぅ、ここまで来るのに随分時間をかけてしまいました』
──母さんは、俺に寂しい思いをさせないように頑張ってくれていたんだな。
それを知らずに、遠ざけてしまった。
『美葉さんが鑑定の力は本物だと証明してきたからこそ、依頼数も安定してきたのでしょう。きっと拓海くんもわかってくださいますよ』
その言葉に母さんは表情を陰らせ、自嘲気味に微笑む。