「則之さん、俺……これだけはわがまま言わせてください」

「なに?」

則之さんは、煩わしそうに時雨くんを見る。

「可能性は一つも諦めたくありません。だって、俺しか知らない歌の事、この人はわかっていました」

時雨くんは、拓海先輩を見た。

「たぶん、拓海さんにしか解き明かせないんだと思うんです」

「お前……こっちが目をかけてやってるのに、図に乗りやがって……」

「すみません、今回だけお願いします!」

頭を下げた時雨くんに、則之さんは「勝手にしろ」と喫茶店を出て行ってしまう。

「何あれ……」

いいお父さんだなんて思ったのが間違いだった。図に乗るなとか、時雨くんはただお父さんとお母さんの残した形見の中身が何なのかを知りたいだけだ。

「父親なのに、目をかけてやってるってなに?」

家族は無条件な愛で繋がっているから家族なのに。誰が優位に立ってるとか、損得感情で成り立つものじゃない。

「時雨、お前の家は宝石関連の仕事だな。上海に飛ぶ当たり、バイヤーか?」

「はい、ついでに言うと、宝石店を経営していました」

「その店は、今どうなった」

「っ……ありません」

時雨くんの声は震えていた。悔しそうに噛む唇、それでいて諦めたように伏せられた睫毛にまさかと嫌な予感がした。