「あなたはいつも、私より何歩も先を歩いていましたね。私の心は全てお見通しだった……っ」

「マスター、雪さんはマスターと刻んだ時間も含めて宝物だと言っていた。そして、ずっと幸せを願っていると笑っていた」

拓海先輩の手が、労るように深海さんの肩へ乗る。

「ふふ、雪さんらしい。自分の心は後回しで、いつも他者を優先してしまう。そんな優しい雪さんが、私は……っ」

その先は、涙声に溶けた。だけどわかる。
好きだったんだ、50年経った今も変わらずに。
長い時、たった一人を想い続けた恋だったのだ。

「ありがとうございます拓海くん、それから来春さん、空くんも」

深海さんは辛いはずなのに笑顔だった。
いや、辛いからこそ笑い、人は悲しみを乗り越え、前を向こうとするだと思った。

「私の中には、雪さんと刻んだ時間が生きています。それは、私にとっても宝物です。ですが、私には他にも大切に想う人達がいますから……」

深海さんは胸ポケットからハンカチを取り出すと、それで涙を拭い、私達の顔を見渡す。

「それは、みなさんの事ですよ」

「深海さん……っ」

嬉しさのあまり、私はつい声を上げてしまう。

「来春さんが言ってくれましたでしょう、私にはみなさんがいると」

「あ……」

それは、この家に入る前の話だ。

──深海さん、覚えててくれたんだ……。

私の言葉が少しでも深海さんの心を軽く出来ていたのなら、嬉しい。