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「……その懐中時計はマスターがいつか夢を叶えて、迎えに来てくれたら一緒に生きていこうと、そう思って託したらしい」
鑑定が終わったのか、何も映さない感情の凪いだような目に意思の輝きが戻る。
そして、拓海先輩は静かにそう告げた。
「ですが私は……雪さんに会いに行くのを恐れてしまった。他の誰かと幸せになっていたとしたら、私の存在は邪魔になってしまうと……」
「雪さんは壮吾さ……旦那と結婚してもマスターの事を待っていた」
「え……?」
深海さんが意味を問うように拓海先輩を見つめる。
「あの日々の思い出がマスターを後悔で苦しめているかもしれない。そうだとしたら、止まったままの時間を動かしてあげたい……からだそうだ」
「だから、雪さんは最後まで私を待っていたと言うのですか?」
深海さんは驚きと悲しみが入り混じったような顔をしていた。そんな深海さんに、肯定するよう拓海先輩が頷く。
「亡くなる前、雪さんは自分に残された時間が少ない事を悟り、東吾さんに鍵を託した」
「雪さん……」
「今、大切に想う人と残りの時間を一緒に刻んでいって欲しいからだ」
そこまでだった。深海さんがいつものように穏やかに、ピンと張った背筋で、完璧な老紳士でいられたのは。
「雪さん、あなたって……人はっ」
ボロボロと大粒の涙が深海さんの頬を流れていく。
それは50年分の後悔、50年分の恋心、50年想い続けた大切な人の死に溢れているんだろうと思った。