『それは?』

『これはね、懐中時計の鍵なの』

『懐中時計?そんなのおばあちゃん持ってた?』

『私のお父さんの形見よ。でも今は、私の大切な人が持ってるの』

小さな鍵を指で上から撫でる。その仕草はマスターが懐中時計に対してする仕草と同じだった。それだけで雪さんが今も、マスターを大切に思っている事がわかる。

『おじいちゃん?』

『……いえ、あの人の事は愛していたわ。だけど、あの人と出会うずっと前に恋した人がいてね。深海 進さんという方なのだけれど』

『まだ好きなの?』

『好きなのには変わりないけれど、愛とは少し違うわね。愛しているのはもちろん、壮吾(そうご)さんだから』

『はは、仲良しだったもんね、おじいちゃんと』

──だったって……過去形なんだな。

もしかしたら、壮吾さんは亡くなっているのかもしれない。

『ふふっ、そうね』

『それで、深海さんってどういう人?』

東吾さんは壁に立て掛かかっていたパイプ椅子をベッドサイドに置くと、そこへ座り興味津々に尋ねる。

『そうね……芯が強くて、夢をひたむきに追っていた人よ。そして、誰よりも慈愛に溢れた人』

『その人とは、どうして結ばれなかったの』

『私のために、夢を捨てようとしていたから……あの人の重荷になりたくなくて、私から別れを告げたの』

俺はマスターが話していた手紙のことを思い出す。

マスターが言っていた、『目指すモノを迷わず追いかけて』、そう雪さんに言われたのだと。