「なっ、なんか、浴衣着ると気持ち涼しくないですか?」
恥ずかしさを誤魔化すように話しかける。カランカランと鳴る聞き慣れない下駄の音、着慣れない生地の薄い浴衣に鼓動が早まる。
「……悪くない」
すると、風に攫われそうなほどに掠れた声で、拓海先輩は答えた。
「ふふ、拓海先輩、嫌そうな顔してたじゃないですか」
なんだ、拓海先輩もやっぱり浴衣を着れて嬉しいんじゃないか。そう思っていた私は、次の一言に想像を覆される。
「違う、そうじゃない……」
拓海先輩は困ったように視線をさ迷わせて、首の後ろに手を当てると、私の方は見ずにそう言ったのだ。
──え、なに……この空気。
私はムズムズするような、居心地が悪いような、良いような、そんな妙な感覚に落ち着かなくなる。
「その浴衣……」
呟いた拓海先輩に、私の浴衣がどうかしたのだろうかと自分の姿を見下ろす。私が着ているのは、お店の人が勧めてくれた水色地に朝顔が描かれた浴衣だ。
「もしかして……!」
そこでハッとする。拓海先輩は浴衣の事を褒めてくれようとしたのかもしれないと。それに驚いた私は、「ええっ!」と声を上げてしまう。
──だってありえない。
あのブリザード男がどういう心境の変化だろうか。
「……まだ何も言ってない」
照れ臭さを隠すためか、不機嫌を装った拓海先輩が横目に私を見てそう言った。
「明日は、氷でも降るんじゃ……」
でも、拓海先輩の顔を見れば、それが照れ隠しの仕草だなんて容易に想像がつく。夏なのに、これは天変地異が起こりそうだ。