「なので、この懐中時計は初めから12時で停止しているのです」

テーブルに置かれた金の懐中時計を、深海さんが指で撫でる。この懐中時計には甘いだけじゃない、切ない恋の軌跡が刻まれていたのだ。

「じゃあ、マスターはそれから雪さんに会ってないの?」

「えぇ、そうなんです。日本に帰ってきたのはあれから5年後の事でしたから。こんなに待たせた私に雪さんと会う資格なんてないのではと思ってしまったもので」

空くんの問いに、深海さんがそう答える。深海さんは今でも後悔しているのかな、雪さんに会いに行かなかった事。

それに、この時計も止まったままだなんて可哀想。時計は時を刻むためにそこに在るのに。

「その時計はまた、動き出す事を待っているんじゃないですか?」

気づいたら、そう口にしていた。

「自分の幸せも捨てて、相手の幸せを願える人です。きっと雪さんも深海さんの事、ずっと待っているんじゃないですか……?」

確信なんて無い、だけど私が雪さんの立場なら、きっと待ち続けたと思うから。

「ですが、私も雪さんもいい歳ですし、雪さんには新しい人生があるかもしれません。なので、迷惑はかけたくないのです」

新しい人生って……例えば、他の人と結婚しているかもしれないという事だろうか。それじゃあ、深海さんの気持ちはどうなるのだろう。