「オーストラリアはカフェ文化が根付いてるからな。それで、マスターはどうしたんだ?」
「拓海先輩、乗り気ですね~?」
くだらない話だって、バカにしてたのに。からかうように拓海先輩を見るとプイッと視線を逸らされた。
「……単に、マスターの話だから気になるだけだ。恋とかそういうのは抜きにしてな」
「へー、まぁ、そういう事にしといてあげます」
「何で、お前が上から目線なんだ」
また、ジロリと睨まれたが、私はツーンとその視線を無視した。
──ふーん、怖くないですよーだ。
バイトを初めてからというもの、毎日のように睨まれ続ければ、いい加減このブリザード光線にも慣れるというものだ。
「人生を棒に振ってもいい、恋だったのです」
私達の口論にも気づかず、深海さんは語り続けている。そんな深海さんを見た拓海先輩が私を見つめた。
「お前、ちゃんと聞いてやれ」
腕組をしながら、拓海先輩は不憫そうに言う。
「それなら、拓海先輩も同罪です」
「2人とも、うるさい。マスターの話、聞こえない」
一番話を聞いていたのは、どうやら空くんだったらしい。空くんは純粋に孫みたいな立ち位置で、マスターの話を聞いてあげていた。
「でも、雪さんにはそんな私の悩みなんてお見通しだったんですね。ある日、ポストに雪さんから手紙とこの懐中時計が投函されていました」
「え……」
幸せに浸っていた私は、雲行きが怪しくなった深海さんの恋愛話に胸をざわつかせる。
「雪さんからの手紙には、あなたが目指すモノを迷わず追いかけてください。ここで2人の時は一度止まるけれど、再び会う事が出来たらまた動き出すでしょう……と」
想いを押し殺しても、相手の幸せを願える雪さんは強い人だ。最後に姿を現さなかったのも、深海さんの夢が叶うまでは会わないという雪さんの覚悟のように思えた。