「普段使いしているのはこの銀の懐中時計で、この金の懐中時計は……」

深海さんの懐中時計に向ける眼差しは、優しいのに切なさを孕んだようなものだった。

「大切な人からの、預かりモノでして」

「預かりモノ?」

「老いぼれの、若かれし恋の話です」

──深海さんの恋愛話かぁ……。

そういえば、深海さんって結婚してないんだっけと確認するように左手を見れば、薬指に指輪は無い。

「深海さんの恋バナ、聞きたいです!」

「女はどうして、そういうくだらない話が好きなんだ」

カウンター席に座る拓海先輩が、興味無さげに本を開く。
拓海先輩は恋愛に関わらず、何にも興味ないじゃないですかと、無言の抗議で拓海先輩を睨んだ。

「……言いたい事があるなら口で言え」

「ひっ」

拓海先輩の視線は本に向けられてるのに、どうして私が見てるってわかったんだろう、恐るべし。

「ふふ、女性はお好きですよね」

「大好物です!」

今まで好きな人がいなかったわけじゃないけれど、語るほどの経験もない。ましてや彼氏なんて出来た事がない。だからこそ気になるのだ。みんながどうやって恋に落ちるのか。

「では、私のでよければお話ししましょう、この懐中時計の秘密を」