「だって来春、バイト辞めようって呟いてた」

「あ、それって……」

空くんに言われて、自分の言動を振り返る。ついさっき、みんなで遠出したいけど絶対来てくれないだろうからやめようって思ってた時に呟いた言葉かもしれない。

「勝手に辞めるな……許さない」

「許さないって……いや、それ誤解ですって!」

凄んでくる拓海先輩に慌てて釈明する。私は誤解を解くため、事の成り行きを話した。

「……って、訳なんですよ!」

「早とちりでしたか、安心しました」

すると、深海さんはホッとしたように微笑んだ。

「人騒がせなヤツめ」

「来春、お騒がせ」

拓海先輩と空くんは想像を裏切らない呆れ具合だった。勝手に勘違いしたのはそっちでしょうにと文句をいいたい。

「はぁ……」

変な空気から解放されると、どっと疲れが襲ってくる。

「ワンッ、ワンッ!」

クラウンだけが、千切れそうなほど嬉しそうに尻尾をフリフリしてくれた。

「うぅ~っ、優しいのはクラウンだけだよーっ」

「ワンッ!」

みんな、私が辞めないと分かった途端に蜘蛛の子散らすように解散して、「何だよ!」と不貞腐れたくなった。

癒しを求めて、クラウンにヒシッと抱きつくとペロペロと顔を舐められる。

「おや、もうそろそろお昼ですか。みなさんキリがいいですし、休憩にしましょうか」

深海さんが銀の懐中時計を見ながらそう言った。それを見て、思い出す。

「そういえば、深海さんって懐中時計2つ持ってますよね」

「あぁ、これの事ですね」

深海さんが胸ポケットから金の懐中時計を取り出して見せてくれた。でも、時計の針は12時を指したまま止まっている。