「今日も綺麗ですね……」

カウンターの向こう、キッチンからも声が聞こえる。一見、深海さんも普通に見えた。

「あなたが世界で一番美しいですよ」

「……は?」

深海さんからありえない単語が飛び出て、マヌケな声を出してしまう。聞き間違いじゃなければ磨いているカップに向かって、まるで恋人に愛を囁くかのように話しかけている。

──なにこの親戚2人、物に話しかける癖があったの?

「クゥーン」

「え、クラウンどうしたの?」

気づくと、私の足元にクラウンがやってきていた。寂しそうに鳴くから、私は首を傾げてその頭を撫でてあげる。

「クゥーン、クンッ」

でも、その悲しい鳴き声は止まない。

「一体何が起きてるんだ……」

この喫茶店で、何かが起きている。私は呆然と立ち尽くした。この奇妙な空間の中、何をしたらいいのかわからず、怖さだけが増していく。

「おい」

「はい!?」

いつの間に近づいて来たのか、すぐ傍に拓海先輩が現れた。それに驚いていると、拓海先輩は信じられない事に私の背中に手を当てる。

──え?

その瞬間、体が凍りついたかのように硬直した。

「……座れ、掃除は……俺がやる」

「……は?」

──本当に、何事ですか!?

完全に奇妙な世界に迷い込んでいる私を他所に、拓海先輩はまるで、エスコートするかのように私を席に案内してくれる。拓海先輩らしからぬ、紳士的な行動だった。

相手はイケメン、女の子ならば誰しも喜んで受け入れただろう。ただそれは、拓海先輩の冷徹さを知らないからだ。故に今、私の肌にはゾワリと鳥肌が立っている。