「あ、ありがとうございます……」

なんだか、照れくさい。
お互いに気まずくなり、視線をそらしていると、あ、そうだと思い出す。

どさくさに紛れて忘れていたけれど、私が落ちそうになった時、拓海が私の名前を呼んだ気がした。

夢じゃないといいなと思いながら、尋ねてみる。

「拓海先輩、私の名前呼びました?」

私が落ちそうになった時、確かに来春って聞こえた気がした。今まで呼ばれた事が無かったからか、一瞬聞き間違いかと思ったけれど。幻聴じゃなくて、本当だったら嬉しい。

「……さあな」

「ええっ!!」

拓海先輩の「さあな」って、誤魔化す時によく使う「さあな」だ。って事はそうか、やっぱり名前を呼んでくれたんだな。

──やばい、にやける。

私は繋いだ手をギュッと握って、ニヤける顔もそのままに、あからさまに浮かれた。

拓海先輩って誤魔化し方が下手くそすぎて、ほとんど肯定してるって事、気づいてないな。

「……煩い」

「え、何も言ってないですけど」

「顔が煩いんだよ、お前は」

──はぁ、顔が煩いなんて初めて言われたよ。

拓海先輩は今日も苦みと甘みのバランスが極端だ。例えるなら、カカオ99%、残り1%が甘い、激苦チョコレートのようだと、私は思った。