早紀がいなくなってから、こんなに穏やかな時間を過ごしたのは初めてだ。

誰かと話すことすら億劫になり、口を閉ざしていた方が楽だと思い込み……胸の内をさらけ出した会話なんて、もう二度とできないんじゃないかと思っていたのに、彼は容易に私の心に入ってきた。


「あー、なかなかの筋トレだった」


私を下ろした朝陽はケラケラ笑いながらそう言うけれど、私も思わず笑顔になる。


「じゃあ、朝陽のためにいっぱい食べて、負荷を重くしなくちゃ」

「それは勘弁」


彼は階段の下の植木の陰に隠しておいた私の松葉づえを取ってきてくれた。


「でも、つぐ。お前、ちゃんと食えてる?」

「えっ……」


心臓がドクンと跳ねる。
あの日、やっとのことで卵焼きをひとつ口にした私のことを見ていたのかもしれない。