きみと渡る虹は、未来につながっている。


――カサッ。

私が歩くたびに、階段に所狭しと落ちている落ち葉が音を立てる。

遠くからみると、この神社の長い石畳の階段を覆うように茂っている紅葉は真っ赤に染まり、溜息が出るほど美しいのに、近くに来てその落ち葉を手に取ると、所々茶色く変色していて、虫に食べられたであろう穴も開いている。


「一生懸命、生きたんだよね」


それでもその葉が愛おしいと思うのは、おそらくこれから腐敗して土に戻っていく葉が、必死に自分を赤く染め、最後に一花咲かせたことを知っているからだ。

いや、花じゃないから、おかしいか。


小さな穴の開いた紅葉の葉を手に取り、階段を上がる。

高校生になってから履き始めたローファーはすっかり足になじんで、石でできた階段を踏むたび カツンと音を立てる。


やがて一番上に到達すると、その昔はおそらく朱色に塗られていただろう鳥居をくぐる。

ところどころ朱色の面影を残した――というか色が剥げすぎてもはや木目の方が強調されている――鳥居は、それでもこの神社には必要なシンボルの様な気がする。

その鳥居をくぐった瞬間、ふと心が軽くなる気がするからだ。

夢とうつつを仕切っている大切なポイント、のような。


これまた古ぼけた社はどこか寂しげで、だけど、今はその様子に安心する。

輝いているものを見たくない。
眩しくて、今の私には辛い。


この社になんの神様が祀られているのかも知らない私は、それでも手を合わせる。


「ごめんなさい」


心の中が全部”後悔”というもので満たされている私には、謝罪の言葉しか出てこない。

どうしてもっと早く……。
どうしてあの日……。

「早紀(さき)」


大切な人の名前を口にすると、それだけで目頭が熱くなる。
だけど奥歯を噛みしめて泣くのをグッとこらえた。

泣くべきなのは、私じゃない。


社の前にある三段だけの階段に腰掛け、街を眺める。

早紀がいなくなってから色あせてしまった景色は、再び輝くことがあるのだろうか。


「うーん」


思いきり伸びをして大きく息を吸い込むと、木々が生い茂り太陽の光を遮っているせいで、ほんのり冷えた空気が肺にピューっと入ってきた。


手にした紅葉の葉を空に掲げてみる。
つい最近まであの木にくっついて生きていたんだなと思うと、ちょっとセンチメンタルな気分になる。

命には限りがあることなんてわかりきっているのに、それがとても残酷なことのような気がしてきた。

――ガウウゥ。

するとそのとき、低いうなり声のような音が耳に届いてハッとした。
なに?


――ウゥゥゥ。

するとさっきよりさらに低いうなり声。

怖くなってゆっくり立ち上がると、背後でなにかが動いた。
音を立てないようにそっと振り向くと、首輪をした真っ黒の大きな犬が、目をつり上げて私をにらんでいた。

どうしてこんなところに?

その犬が体を少し後掲姿勢になり、私に飛びつく準備を始めたことがわかると、恐怖で体が動かなくなってしまった。


逃げなくちゃ……。
そう思えば思うほど、足が動かない。


――ウゥー、ガウゥッ!


「キャ!」


条件反射で飛びついてきた犬に背中を向けると、丁度肘が当たったらしく犬はひるんだ。

――キャィィン。

すると大きな犬にそぐわない甲高い鳴き声と共に、一旦は後ずさりしたものの、私にぶつかられたのが余程気に食わなかったのか、さっきよりずっと低いうなり声をあげ始める。


走って逃げれば間に合う?

今しかチャンスはない。
私は意を決して走りはじめた。だけど……。

真っ黒な塊りがすごい勢いで私に飛びかかってきて、太ももに歯を立てた。


「イヤ……。助けて!」


左足に走る激痛で顔がゆがむ。

痛む足を必死に振り、犬を追い払おうとしてもうまくいかない。
そのとき……。


「このヤロウ!」


階段を駆け上がってきた男の子が、落ちていた棒を拾ったかと思うと、容赦なくその犬めがけて振り下ろした。

そして、目を三角に釣り上げたその男の子は、何度も何度も棒を振り下ろす。

――キャン、キャン。

まるで小型犬に代わってしまったかのような犬の鳴き声にハッとして、「もう止めて!」と声を張り上げると、やっと手が止まった。

そしてその瞬間を待っていたかのように、犬は走り出し去っていく。


「大丈夫か!?」


棒をポーンと放り投げた男の子は、私のところに駆け寄ってきて、足に垂れる血を見つけ、目を丸くする。


「血が……。噛まれたんだな」

「うん……」


私がカクカク頷くと、彼は私を不意に抱き上げ、社の階段に座らせた。


「見るぞ」

「あ……」


彼は拒否するまでもなく私のスカートをまくり上げる。


「痛っ」

「君は見ないで」


傷口を見た途端、余計に痛みが増してきた。

犬に襲われたあの時は無我夢中だったからか、これほどまで痛みを感じなかったのに。