今でも時々わたしは、彼とすごした短い日々や、最後に会った秋の夜のことを思い出す。
彼の言葉や温もり、泣き顔や笑顔。それらを心の奥から取り出しては眺め、ちょっと泣いてみたりもする。
もしも、別の形でタイショーと出逢っていたら、どうなっていただろう? そんな想像をすることも、正直ある。
ひょっとすると違う未来が、ふたりにはあったのかもしれない。
だけど、とわたしは思う。
あの日、あの失恋をすることは、わたしにとって必要なことだった。
きっと、意味のある経験だったんだ。
だから‥‥‥大切に抱えて生きていこう。
弱虫だった自分も。
少しずるかった彼も。
秋の夜に流した涙も。
しばらく消えそうにない、この寂しさも。
すべてが今は、
痛くて愛しくて、抱きしめたい。
* * *
「ありがとー、お母さん」
ビルの入り口の前で、お礼を言って車を降りた。
中に入り、エスカレーターで5階に上がると、そこは人ごみの映画館。
バレンタイン直前の日曜日ということもあり、フロアはカップルであふれていた。